トヨタは、戦後の復興過程で銀行の要請によりトヨタ自販を分離独立させてディーラーの組織化を推進した経緯がある。「1にユーザー、2にディーラー、3にメーカー……」。トヨタ自販の初代社長の有名な言葉である。戦後まもない46年5月1日、全国自動車配給組合の役員約100名を集めた会議で、社長が説明した販売方針のなかの一節だった。自動車配給組合とは、戦時中の自動車配給会社であり、政府の経済統制でメーカー別の販売網はこの1本に統合されていた。このなかで小売りを担当したのが地方の配給会社だった。各都道府県に1ヵ所ずつ、寄り合い所帯だからトヨタ、日産、いすゞ系が入りまじっての「呉越同舟」だった。社長は、トヨタの全国販売網構築を狙ってこの代表者会議を開催した。つまり販売会社のスカウトだったのである。この年、運輸省は、GHQの意向で配給会社の解散と販売店のメーカー系列別の改編を発令した。トヨタ自動車販売組合が旗揚げされ、初代の菊池武三郎会長は、元奈良自配社長で日産系の出身だった。トヨタが工・販分離を基礎に量産工場と量販体制づくりを並行して進め、結果的に1県1店主義から複数販売店制への移行につながったのは神谷商法によるものだった。社長が後に「販売の神様」と言われたのは、そのゆえんである。一方、日産は製販一体で生産技術に重点を置き、販売店網の組織化が立ち遅れた。地方有力ディーラーをトヨタに押さえられ、後々に至るまで販売力で禍根を残すものとなったと言える。トヨタと日産のライバル関係における「販売のトヨタ」「技術の日産」がこうして宿命的なものだったことがわかるが、日産としてはトヨタ追撃が常に念頭にあった。
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