オイルランプは燃える炎の光を利用している。いまでは、何かが燃えるためには空気中の酸素がなくてはならないことを、誰でも知っている。「燃える」とは酸化反応のことを言うのだ。しかし、オイルランプがしだいに改良されていった当時は、そのようには理解されていなかった。物質が燃えるのは燃やされる物質のなかに「フロギストン(燃素)」という元素のようなものが含まれているからで、燃やしたあとの灰が燃やす前の物質より軽いのは、フロギストンが空気中に出ていくからだと説明されていた。このフロギストン説は18世紀の初めにドイツのゲオルクーシュタールが唱えたもので、当時のほとんどすべての科学者に信じられていた。そのような雰囲気のなかで、英国のヘンリー・キャヴェンディッシュは1766年に、鉄、亜鉛、錫などに希硫酸や希塩酸を加えることによって可燃性気体(水素)が発生することを発見する。また1774年には、やはり英国のジョセフープリーストリーが、酸化水銀をレンズで集光した太陽光で加熱すると新しい気体(酸素)が生じ、そのなかでロウソクを燃やすと空気中よりも激しく長く燃えることを発見する。プリーストリーは、植物からも同じ気体が発生していることも見つけた。しかし、キャヴェンディッシュもプリーストリーも燃焼という化学反応はフロギストン説で説明されると固く信じていた。フロギストン説を完全に否定したのはフランスのアントワーヌーラヅオアジェである。1772年にリンの燃焼実験を行ない、精密な秤量測定によって、燃やして残った灰は燃やす前よりも重くなる現象を確認する。フロギストン説に従うなら、軽くならなければならないはずだ。したがって、この実験結果はフロギストン説では説明できない。